鼻 芥川龍之介

芥川龍之介の短編、「鼻」。

僧は、長い鼻を気にしているが、自分が気にしていることを人に知られたくはない。

しかし、一人では食事もできないので、食事の間は、弟子に板で鼻を持ち上げておいてもらう。一度、弟子の代わりを務めた中童子が手をふるわせて鼻をかゆの中に落としてしまった事もある。

そんな中、弟子が熱湯で鼻を温めた後に人に踏ませる事によって、鼻が短くなるという話を聞く。

試してみると、本当に短くなった。ところが、短くなった事によって人々に逆に笑われてしまう。

そのうち鼻がむずかゆくなり、朝おきると元通り長くなっていた。
僧は、これで笑われる事がなくなると晴れ晴れとした気分になる。

という話なのだが、要するに、鼻が長いかどうかよりも人に笑われたくないという気持ちが非常に強かった、という事だ。

コンプレックスについての教訓として考えさせられる。

自分が気にしているポイントが何であっても、他人を意識し過ぎているのではないか、という事。

俗世を超越した筈の僧侶だからこそ、人間の弱さを諸にさらしてしまう事態となってしまったのだ。

人には気にしていない様な態度を見せながらも、実は気にしていたんだ、という事実があからさまに分かってしまった為に、嘲笑されてしまう。

鼻が元の様に長く戻った事によって、何も得た訳ではないのに、晴れ晴れとした気分になった僧から、人間の浅はかさを感じ取れる。

城 カフカ

不条理の深淵を描く、カフカ。

自分という存在が、ある日突然に、誤って世界に投げ出された一つの意識に過ぎないとしたら、しかも、その投げ出された世界は確かな現実であるのに、自分の存在は宙吊りの幻覚のようなものでしかないとしたら・・・

それに気づいてしまった時、人は、一体どうやって生きていくべきなのか。

主人公の測量士は、それでも行動を続ける。自分の存在を確かめる為か。

行く手を阻まれても、城にどんなに跳ね返されても、喜々としてというのは言い過ぎにしても果敢に向かっていく。

それが不条理との闘いなのだと思う。

車輪の下 ヘルマン・ヘッセ

主人公の少年ハンスは、父親に言われるがままにひたすら勉強し、「失われた少年時代」を過ごす事となる。

そして神学校に優秀な成績で合格し、そこで束の間の人生の楽しみを得る。
元々自然が好きで、釣りがしたかったハンスは思う存分、釣りを楽しむのだ。
ここだけが唯一、ホッとするというか救われる部分で、あとはひたすら重苦しいハンスの生活が待っている。

神学校で勉強だけに生きてきた自分に疑問を感じてしまう。

更に自分より出来の良い生徒と出会い、一番を目指す事はおろか、勉学に対するヤル気も急激に失せてしまったハンス。退学して故郷に帰る事になる。

挫折知らずで来たエリート少年が、唯一これまでやってきた勉学でも歯が立たない相手が居る事を知った事の衝撃なのか。

故郷に戻ったら戻ったで、挫折感を拭い去る事はできずに、慣れない酒を飲んで川に落ち、溺死してしまう。

本当に悲しい現実なのだが、実はヘッセの自伝的小説の様だ。同じように神学校に挫折し、退学して高校に転校するもすぐにそこも辞め、本屋で見習いをしても3日で辞めてしまう始末。「詩人になれないなら他の何にもなりたくない」と悩み、ノイローゼになったヘッセ。

そこで彼の支えになったのが、母だったという。

ハンスには母が居なかった。ヘッセには居た。
物語の大きなポイントになっている。

この車輪の下を読むと、本当にヘッセのその後の成功が良かったと思える。
どうやって這い上がったのか、その自伝小説も読んでみたいところだ。

 

 

アトランティスのこころ スティーブン・キング

スティーブン・キングの5編の短・中編からなる小説。

登場人物の人生が、複雑に絡み合っていく。

1章は丸々、ボビー・ガーフィールドという少年の物語。
母子家庭のボビー少年は、近所に引っ越してきた不思議な老人と出会う。

ヒロインとしてキャロルが登場するが、このキャロルが後に物語の大きな鍵を握る事になる。

少年の成長物語として読んでいくと、突然グレてしまうという強烈などんでん返しのある第一章目。

2章ではいきなり、全く違う人物の大学生時代の話に移っていく。

ベトナム戦争が絡み、様々な時期を描いた後で、再び故郷へ戻ってくるボビー。
そこで見たのは、美しい幻想だったのかどうか。

長い時間を経て、思い出が実体験として蘇る、そんな綺麗な終わり方をしている。

 

それから 夏目漱石

高等遊民、今でいうニート。

父親の金で暮らし、仕事はせずに読書や考え事で過ごす主人公の代助。

そんな彼が、一度は友人に譲り、友人の妻となった女性と人生を共にする為に、親からは勘当され、ついに仕事を見つけにいくという話。

それまでゆったりと、淡々とした文章で物語が進んできたのが、突然最後の決心したシーンで見る物全てが赤い、という狂気の表現になっている。

このラストがあるからこそ、ここまで長々と引っ張ってきたのか、と感じた。

アンニュイな感じの小説だ。

歯車 芥川龍之介

芥川龍之介の狂気を垣間見る「歯車」。

レインコートを着た男がことあるごとに現れ、主人公を悩ませる。何で、という位に出てくるのだ。

その他にも黄色いタクシーや鼠など、本当に見えているのか幻覚なのか分からない物が暗示的に現れる。

そして歯車が視界の中で周りだす。

芥川龍之介の、救いのない精神錯乱状態が見えてくる様で、本当に重苦しい。

ペスト アルベール・カミュ 

ペストが蔓延する市で、人々がその脅威に怯えながらも次第に助け合い、立ち向かっていく。

最初はすぐにでも抜け出そうと考えていた記者が、そこに留まる事を決意するのは大変感動的だ。
市を出ようとする事を医師のリウーに打ち明けたところ、リウーの妻も市外に居て、しかも病気療養中である事を聞き、考えを改める。

善良な市民が多いであろうこの町にペストが襲ったのは、神の戒めなどではなく、単に不条理な事なのだと言う前提があり、その中で人はどう対処していくのかを描いているのだろう。

東日本大震災の後で、この「ペスト」が発しているメッセージ性をより一層強く感じた。

コミュニティーの中の正義と、自然の様に人の手に全く負えないものとの闘い。

クヌルプ ヘルマンヘッセ

ヘッセの中でも、特に美しい作品だ。

定職につかず、放浪して、人を傷つけた記憶の中、最後に神との対話を通して、「それも含めて全て良かったのだ」という結論に達する主人公。

赦される、という主題があり、そこが雪の中の描写と合わせて大変美しいのだ。

型にはまらない生き方、死に方。それはとても怖い事ではあるけれど、それもアリなんだと語っている様だ。

序章で人生を謳歌しながらも人を信じられなくなり、2章ではより自由奔放に、最終章では静かに死と向かい合う、
一連の流れが誌的で素晴らしい。

これが「車輪の下」だと、主人公のハンスが疲れ果てて悲しい死を迎えていたり、どこか寒々とした描写となっていて、「荒野の狼」だと完全に精神世界に行ってしまっている。

そういった意味でも、クヌルプにはどこか大らかな雰囲気が漂っている。

東京物語 奥田英朗

6編からなる、作者の自伝的小説。

これが面白い。時系列が、フレッシュな社会人生活から始まり、上京~大学時代~社会人として少し慣れてきた頃~とある休日~独立した後と、少しひねっているところが良い。

当時の歴史を辿る様なアーティスト、事件、社会情勢などなど、エピソードと絶妙に絡み、同世代を生きていなくても当時を知る上でも非常に興味深い。

http://www.seashorelines.com/